「永遠」の坂井泉水

朱い果実を見たら 私のことを思い出してください
(「永遠」より)

早いものでZARDのヴォーカルの坂井泉水さん(享年40歳)が突然
天に召されてから1年が過ぎた。1年前の今日、職場のラジオから
流れた「坂井泉水さんが…で亡くなりました。40歳でした」という
ニュースを今も昨日のことのように覚えている。
その後仕事が手につかなくなったことも、家に帰って彼女の曲を聴き
いつの間にか涙を流していたことも…。

その後の新聞、ワイドショーなどで色々報道もされた。
思えばほとんどメディアの前にその姿を現わさなかった泉水さんが
こういう形で、取り上げられたのは皮肉なことだった。
でもその後新たに入って来るニュースでいつしか報道もなくなった。
“人の死”ってこんなに早く忘れられてしまう…。
もしかしたら明日の新聞、ワイドショーで「坂井泉水さん一周忌」で
報道されるかも知れないけどさ…。

私は90年代初期のデビュー時から彼女の歌が大好きでよく聴いていた。
「マイ フレンド」「心を開いて」「揺れる想い」「負けないで」といった
大ヒット曲はもちろん今も大好きだし、アルバムも97年頃までのものは
欠かさず買っていた。その後は、それほど彼女の歌に触れる機会も
少なくなっていたものの、たまに買いたいCDを選んでいる時など
ジャケットの彼女の相変わらず美しい姿に、一瞬眼を奪われたほどだった。

彼女の曲はとても覚えやすいメロディーが多く、詩も現実から遠く離れた
ものではなく、恋する女性の気持ちを歌ったものがほとんだろう。
お世辞にも声量がある方でないし、歌唱力なら後輩の大黒摩季さんの方が
遥かに優れていると思う。

でもそんな技術的なことを超越した“何か”が彼女にはあったのだろう。
だからこそ多くの人が彼女との別れを惜しんで泣いた。

私自身は一年経った今、正直言って彼女の死を受け止められないし、
「神様って時に残酷なことをするよな…」とは今でも思っている。
でもはっきりしているのは彼女には永遠に逢えないこと。

彼女に憧れた少女たちもいつの日か彼女の歳に追いついてしまい、
追い抜く。そしてどんどん彼女と年齢差が開いていく。

でも坂井泉水は生き続ける、それぞれの心の中に…。

たくさん失敗もしたけど いつもそんな時
優しく親切だった人達の笑顔が浮かんだ 涙も忘れた
自分で選んだ道だから

もう迷わない 今が幸せだから
ずっと…forever you
そう あせらずに そう 急がずに 愛したいの

それは暖かいあなたに出逢うまでの試練
過去(むかし)に後悔なんてしない
またとない 二度と来ない 私の青春だから

So stay with me my love forever
(「Forever you」より)

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80'sを語り尽くそう-Vol.4-

Photo80年代の王道といえば・・・この人。

 ―マイケル・ジャクソン―

最近のマイケルときたら、犯罪者・変質者・児童虐待etc
でも、この頃のマイケルはまさにスーパースター。
その成功ぶりはギネス記録として記載されるほど。

特にアルバム『スリラー』の売り上げは世界最高の1億400万枚。

彼が世界を魅了したのは、その歌声とダンス。
今は当たり前の数人~数十人でのシンクロダンス。
足を交互に滑らし、前に歩いているように見せながら後ろに滑るムーンウォーク。

これらを『スリラー』からシングルカットされた全曲のPVで披露している。

(PV=プロモーションビデオ)

80年代はPVが台頭した時代。
小林勝也がDJを担当した「ベストヒットUSA」では
毎週ホットなPVが流され、アメリカで売れている曲が紹介される。

そんな時代だったから、アーティストはPVに凝りはじめた。
マイケルも、もちろん例外ではない。
だが彼だけは、他のミュージシャンを寄せ付けないモノを作ってしまった。

それがPVの最高傑作『スリラー』

これを、ただのPVだと思って観たらびっくりするだろう。
何しろ、10分強の中に歌ありダンスあり短編あり。
短編の映像も当時のホラー作品に引けをとらないクオリティーの高さ。
もちろんダンスは華麗でセクシー。

まさにキング・オブ・80年代。

今の彼しか知らない世代には、一度観て欲しい。
最近、CD+DVDで再発売された『スリラー』を。

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Favorit Album Selection13

甲斐バンド・ストーリー(1979) 甲斐バンド

甲斐バンドは私にとって、生涯付き合っていきたいバンドのひとつだ。
男っぽくて切なく、ガラスのような美しさ、鋭さ、脆さが同居した音…。
少年期、人間形成の上において彼らの音楽をリアルタイムで感じたことは、
今の私の人生においてとてつもなく大きな財産になっている。

今回紹介するこのアルバムは、1979年に発表された彼らの
当時の足跡を示すようなベスト・アルバムにあたる。
オープニングの「HERO (ヒーローになる時、それは今)」の大ヒットの
勢いでベストを出そう! というレコード会社の思惑があった…かどうかは
知らないけど、それまでのシングル曲中心の選曲になっている。

① HERO(ヒーローになる時、それは今)
甲斐バンドの最大のヒット曲。最近、ビールだか発砲酒だか忘れたが、
約30年ぶりにCMソングになっていたが、やはり我々の世代だと
この曲は腕時計のCMの方に思い入れがあるのだ。それでも今の若い子が
甲斐バンドに興味を持つきっかけになってくれれば嬉しいんだけどね。
この曲はアルバム全体でも割と“異色”な存在だ。良い意味でも
悪い意味でも「甲斐バンドらしくない」と思う。当時の状況を考えれば、
CMが先に決まって曲を作ったか、曲を作ってCMが決まったのか
それは今になっては別にどうでもいいが、とにかくメジャーなメロディー、
前向きな歌詞…、こういう流れでいくんだなとこのアルバムを聴くと
肩透かしを喰う。とはいえ、やはり甲斐バンドを語る上では欠かせない
曲のひとつだ。
② きんぽうげ
今は亡き大森信和のギター・リフのイントロが心地良い曲。結構長い間に
わたって甲斐バンドのコンサートのオープニングにもなった。
この曲に限らず、この頃の彼らの曲は「女の方から別れる」という
パターンが多く、この曲もいきなり“あなたに抱かれるのは今夜限りね”
そんなこと言われたら、萎えるよなぁ(笑)。
でもこの曲は“ギターモノ”なのだ。決して派手さはないものの、
ここでの甲斐よしひろのヴォーカルに負けないギターソロは必聴だ。
ちなみにタイトルの“きんぽうげ”が長い間分からなかったので、
ネットで調べてみたら…キンポウゲ科の双子葉植物の総称。
植物の名前だったのか? 納得したような、そうでないような…。
③ ガラスの動物園のテーマ
「ガラスの動物園」とは1976年の彼らの3rdアルバムのタイトル。
トランペット(?)だと思うが、わずか45秒のインストゥルメンタル。
しかも制作側の意図なのか、音質レベルを低くして録音されていて、
耳を澄まさないとよく聞こえない曲。プレイヤーの故障ではないので
短気を起こさないように(笑)。
④ らせん階段
かき鳴らすようなギターがフェード・インして始まるこの曲は、
何かシニカルに、斜に構えて生きているような男をイメージするが…。
“愛する喜びも憎しみも 痛みとひきかえ 傷つけることだけを
ただ覚えた僕は 毎日を指折り数え どこへ行くんだろう”
発表した当時甲斐は23歳。随分達観した23歳だったんだなぁ。
でも名曲だよ(ってさり気ないフォロー)。
⑤ ポップコーンをほおばって
男と女の悲しい別れの物語。音はハードな印象だが、ここでの甲斐の
ヴォーカルは甘く美しいが、切ないです。
⑥ ダニーボーイに耳をふさいで
歌詞、アレンジともこの頃のフォーク・ソングにありがちなものだが、
それ以上の良さもこの曲にはあるような気がするのだが…。
時代が追いつかなかったのかなぁ?
⑦ 裏切りの街角
甲斐バンドの最初のヒット曲という意味で、大きな意味はあるものの
やはり古臭いという印象は拭えない。カラオケにもこの曲はあるが、
周りの人間も知らないと、この曲は歌っちゃいけません。(俺だよ俺!)
⑧ かりそめのスウィング
甲斐バンドのクリスマス・ソングといえば後の「安奈」だが、この曲も
クリスマスにはピッタリくる。ここで歌われるように、人は周りの環境で
変わってしまうが、変わらずに信じたいものもある…。そんな願望が
この曲には読み取れるのだが、どうかなぁ…。
でもどんなに年を取っても私は甲斐バンドの曲が好き。
これだけは自信を持って言えるけどね。
⑨ メモリー・グラス
81年大ヒット曲の“メモリーグラス”とは別の曲(当たり前だ)。
ただこちらも女性の立場から歌った曲という意味では共通点があるが。
甲斐バンドの場合、それほど主観が女の方からというのは多くないし、
違和感もあるものの、この曲もしっかりと「甲斐バンドの」音だ。
⑩ 氷のくちびる
静から動へ、ドラマティックなアレンジが光る初期の彼らの名曲のひとつ。
77年シングルとして発表。これほど完成度の高い曲ならヒットしても
おかしくないし、今でも色褪せることない出来なのだが売れませんでした。
再評価して欲しい曲だ。
⑪ テレフォン・ノイローゼ
R&Bのような、そうでないような不思議な雰囲気を醸し出す曲。
甲斐のどことなくルーズな歌い回しも面白い。
“出合ってひと月目 どれほど 思ってるって聞くと
君は四週間分よって そっけなく“ってところは、
「別に…」って言ったあの女優に似合いそう?

というわけで、「甲斐バンド・ストーリー」の全曲を私なりに紹介したが、
まだまだ不十分なところもあるし、間違った解釈もあるだろうが
それはお許し願いたい。この頃までの彼らの曲でここに収録されてない
曲をひとつ紹介して今回は終わりたい。その曲とは78年発表の
『誘惑』というアルバムの「翼あるもの」である。
とにかく最初に聴いた時から、インパクトがあり忘れられない曲となった。
究極のラヴ・ソングでメッセージ・ソング。それが「翼あるもの」だ。
是非とも一聴をお勧めする。

“俺の海に翼ひろげ 俺は滑り出す
お前というあたたかな港に たどり着くまで”

KAI BAND Member is:
甲斐よしひろ(Vocals Guitar)
大森信和(Guitar)
長岡和弘(Bass)
松藤英男(Drums)

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Favorit Album Selection12


FATHER'S SON(1988) 浜田省吾

一時期、浜田省吾ばかりを聴いていた時期があった。
カラオケに行っても彼の歌を選んで歌っていた。
自分の声質が合っていたのもある。
「路地裏の少年」「風を感じて」「J.BOY」「想い出のファイヤー・ストーム」
決して誰もが口ずさむような歌ばかりではない。
だけど、何となく聞いたことがある、知っている…。そんな曲が
浜田省吾は多い。

彼の曲は一言でいうと日本語で“ロック”を感じさせてくれる数少ない
アーティストだ。だがその根底にあるものは硬い、硬質だ。

このアルバムのテーマは「戦後のアメリカと日本」。
広島で被爆した父の子として生まれた浜田自身が、過ごした時代を
リアリティ溢れる歌詞、研ぎすまされたアレンジで投影している作品だ。
もちろん、そういう背景をなしに聞いても充分クオリティが高い。

オープニングの「Blood Line (フェンスの向こうの星条旗)」
それに続く「Rising Sun (風の勲章)」はこのアルバムを象徴する2曲。
ハッキリ言ってこの2曲を聴くためだけに、このアルバムを買っても
値段以上の価値があると断言する。
アメリカという国が戦後、日本の父、母であった…というのは
ある意味間違いではないと私は思う。
その巨大な姿に追いつく、追い抜くために我々の父と母の世代は
頑張ってきたのではないか…それは無意識のうちにとは思うが。
そうして、経済大国になった日本。
だがこの時、彼が歌ったフレーズは当時から今は良いかもしれないけど
将来どうなるか分からない警鐘も鳴らしていた。

“飽和した都会 集う家は遠く ブラウン管の前でしか笑わぬ子供”

「Darkness In The Heart (少年の夏)」は彼のミュージシャンとしての
自伝的な曲。今も彼が叫ぶ歌は永遠に“答の無い心の奥の暗闇”。

「What's The Matter, Baby?」はこの頃の企業戦士の悲哀を歌った曲。
“括れた足首のOL達の腰つき”というフレーズは少しエロチックで
良い感じ(笑)。Work-a-hol-icという言葉もこの曲で覚えたなあ。

「I Don't Like Friday (戦士の週末)」は結婚する友人に対して
これから金曜の夜は一緒に飲めなくなるな…、少し羨ましいけどそれは
表立って言いたくはない、強がっているような男を歌っているのかな。
“情け無いぜ 武器を捨てて幸福かい”というのは、それまでの
歌詞の流れを読むと「幸福」よりも「降伏(女性に対して)」の
方がピッタリくるのだが…。
余談だが、森高千里の「気分爽快」はこの曲の女性版だと思っている。
同性同士で飲んでいるのは同じで共に彼女(彼)のことを知っているが、
浜田は“地下鉄ならまだ走ってるはずさ グラス空にしたら もう行きな”
森高は“飲もう 今日はとことん付き合うわよ”と歌っている。
ここから分かることは…「男は独りでも飲める、女は独りでは飲めない」
…ってそんなこと分析してどうする(笑)。
ま、聴き比べてみるのも面白いかも。

「A Long Goodbye (長い別れ)」「New Year's Eve」のような
珠玉のバラードを上手くカラオケで女性の前で歌うと、明日から
熱い視線を背中に感じるかも…保証はできませんが(笑)。

いろいろと悲しい事件、出来事が立て続けにおこるこの国。
今一度、思い返さないといけない時期なのかも知れない。
“過ぎ去った昔の事と 子供達に 何ひとつ伝えずに
この国 何を 学んできたのだろう”

12月9日 今日は私の愛すべき父の誕生日。
“I'm a Father's Son”

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Favorit Album Selection11


RIDE THE LIGHTNING(1984) METALLICA

Member is:
Cliff Burton(Bass)
James Hetfield(Rhythm Guitar/Vocals)
Lars Ulrich(Drums)
Kirk Hammett(Lead Guitar)

Metallicaを初めて聴いた時のインパクトは忘れられない。
何しろメチャクチャ曲が“速い”のである。
さらにダミ声のヴォーカル…。
「アメリカのバンドって何でこう極端な方向にいくんだろ?」と思い、
苦笑いした。当時は「絶対これは売れねえな」というのが最初の印象。
それでも今までのヘヴィ・メタルとはまたひと味違う波を
感じたのも事実。

さらに名前が自分のツボにも来た。
“メタリカ”! これ以上ヘヴィ・メタルのバンド名にふさわしい
名前を私は知らない。

今回紹介するアルバムは彼らの2ndアルバムで、1stアルバムが
スピーディなリフ、全編通して攻撃的なサウンドを創り上げて、
“スラッシュ・メタル”(thrashとは本来「ムチ打つ」という意味)を
この世に広めたという記念碑的な意味合いを持つが、このアルバムは
攻撃的サウンド一辺倒だけではなく、曲の構成、展開も非常に
バリエーションが増えている。

オープニングの「Fight Fire With Fire」は静かなイントロから
いきなり曲調が変わるというパターンは、後々様々なバンドが
こういう手法を使うようになったと思う。
このアルバムのトータル・コンセプトは“死”だが、
核戦争がこの曲のテーマ。
2曲目の「Ride The Lightning」は電気椅子で死刑になる夢を見た
ジェイムズの経験がそのまま歌詞になっているが、一体どんな夢? って
聞いてみたいもんだ。死刑になるようなヤバいことを過去に
して来たんだろうか?
「For Whom The Bell Tolls」はヘミングウェイの小説
『誰がために鐘はなる』の原題で、内容も小説とリンクする。
ジェイムズの歌い方も、一つ一つの単語にどことなく深いメッセージが
込められているような感じだ。
「Fade To Black」はバラード的な要素もあり、アコースティックな
ギターの音色も美しく響いてくる名曲。ただ単純な甘く切ない創りには
収まらないところは見事。
「Trapped Under Ice」は当時の日本語タイトルは“氷下の罠”(笑)。
大袈裟で笑ってしまうようなタイトルではあるが、
この頃は日本語タイトルもセンスの良い訳し方(?)が多かったなぁ。
歌詞自体は難病患者が冷凍状態になって、未来の医学で治してもらおうと
冷凍睡眠に入るが、途中で誤って覚醒した人の悲劇…って
よく思いつくよな、そんな設定!

Metallicaはこの後、一気にメジャーへと駆け上がり
“知る人ぞ知るバンド”から“誰もが知るバンド”へと変貌したが、
凄まじいまでのエネルギー、パワーがこのアルバムには溢れている。
20年以上経った今もMetallicaと言えばこのアルバム。
今は亡きクリフ・バートンのベースにもずっとK.Oされ続けている。

Ride_the_lightning

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音楽・・・その流行と本質

今の主流って何だろう?

ROCK?
HIPHOP?

今は主流が分からない。
そのくらい様々な要素の音楽が混在している。

僕が物心ついた頃、主流はフォークソングだった。

フォークと言うとギター片手に愛を語っている印象だが、発祥はそうでもない。
今の音楽にも通ずるところがあるルーツ。

それは、社会に対する反発。

今も昔も社会とは、子供にとって住みやすいところではない。
それは大人の文化の押しつけであり、束縛の産物であり、自由など微塵もないから。
少なくとも、大人になるまではそう思っていたものだ。

そんな心の叫びが、フォークの名の下に曲となる。

学生運動然り。
反戦運動然り。

大人へのメッセージであり、社会へのメッセージ。
それが、僕の時代のフォークのルーツ。

もちろん愛についても歌う。
友情についても歌う。
若さへの賞賛。

心から湧き出る想いを詩にする。

今、音楽形態はガラリと代わった。
しかし、本質は何ら変わってはいない。
今も昔も心から湧き出るメッセージ。

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ヴィジュアル系

ヴィジュアル系って?

 ヴィジュアル=視覚

要するに見た目の様式美。
なぜか、最近のバンドは見た目にこだわる。
まずは音にこだわって欲しい気もするが・・・。

日本におけるヴィジュアル系の元祖は、THE ALFEEの高見沢俊彦。
それまでは、メディアに出演するのは恥ずかしい事だった。

いかに顔を出さずに有名になるか。
それほど当時のバンドは歌番組に出演しなかった。
出演しているアイドルたちと一緒にされたくもなかっただろう。

そんな中、奇抜なファッションで派手なギターをかかえて高見沢は登場した。
ちょっと前まで、地味にフォークソングなど歌っていたはずなのに。
ロックに転身するやいなや、爆発的な人気とヴィジュアルファッション。
テレビにも積極的に出演した。
レコードも飛ぶように売れた。

今、ロックバンドは自らを着飾り、メディアに積極的に参加し、バラエティにも出演する。

まさに歌って笑かすミュージシャン。
一昔前では考えられなかった。
バンドやって、俳優やって、バラエティに出て、もはや何でも屋。

そんだけ売れてるって事なんでしょうな。

でも、狭い範囲でひしめき合ってるような。
違いの分からない個性を主張しているような。
音楽性の未熟さをカバーし切れていないような。

そんなヴィジュアル系は、もう飽きたでしょ?
そろそろ本物志向でお願いしますよ。

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歌姫伝説

昭和の歌姫と言えば、美空ひばり。

では平成の歌姫って誰だろう???

MISSA?
小柳ゆき?
大塚愛?
浜崎あゆみ?
宇多田ヒカル?
倖田來未?
椎名林檎?

こうやって見ると、歌姫大量生産時代な平成。
確かに人気と実力を兼ね備えている。
若干、人気だけの姫君もいらっしゃいますが・・・。

だが、何か足りない。
平成と言えば、と言い切るだけのインパクトが。

そう。
今の歌姫たちは並以上ではあるけど、スペシャル感がない。
何しろカラオケで簡単に、真似出来る程度の実力なのだから。
昭和の歌姫“美空ひばり”の真似なんて出来ませんよ。
これが本当の実力なんだと、スターの証なんだと思います。

これから先に平成の歌姫と呼ばれる“スター”は現れるだろうか?

無理だろうな。
今でこそ、昭和後期に台頭したミュージシャンよりも劣っているのだから。
せめて、声量と音域だけでもプロフェッショナルじゃないと。

顔とノリと語尾の帳尻合わせが上手い現代っ子たち。
歌はテクニックじゃないよ。
魂だよ!

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Favorit Album Selection10

ribbon(1988) 渡辺美里

渡辺美里のアルバムを聴くのは何か旧友に逢うような感覚がある。
あの頃一緒に学食で授業サボってとりとめのない話で
時間つぶしたことや、夏に芝生に寝転がって日焼けした日とか…。
そんな思い出が消えたり浮かんだり、また違うことを思い出すような…。
このアルバムに入っている名曲「さくらの花の咲くころに」と
同じように“因数分解を教えてくれた君”がいた人はこのブログを
読んでくれている中にいますか?

彼女の出現はある意味“衝撃”だった。デビューは19歳だが、
とにかく歌が上手かったのである。その頃の音楽シーンは
アイドル全盛で、ニューミュージックは男ならともかく
女性ソロシンガーが売れるのは難しい時代だった。
(もちろんある程度ステイタスを築いていた存在はいたけどね)
最初に聴いたのは「GROWIN' UP」でストレートなロックンロールの
ビートに乗せてパワウルに歌うその歌声に「何だ、この女の子は!」と
驚いた。その頃から非常にメッセージ性の強い歌詞の曲が多かったが、
それが頂点に達したのは「My Revolution」。(作詞は川村真澄)
彼女の代表曲の一つだが、今聴いてもその輝きは褪せることはない。

このアルバムは彼女の4枚目で、人気絶頂の頃の作品。
センチメンタル カンガルー」はオープニングにふさわしく
ポップなロックンロール。そのままの流れを引き継いで
恋したっていいじゃない」へ続く。テレビで泉谷しげるがサビの
“D・A・T・E”のコーラスに乱入(?)していたなあ…。
3曲目は個人的に一番好きな「さくらの花の咲くころに」。
ラブ・バラードと言えばそうなのだが、彼女の曲は単純にそういう
カテゴライズをしていいのか悩む。別にこの曲に限ったことではないが
好きな人と別の道を歩むことになっても、非常に主人公が
前向きで、強い意志を持っているような…。そういう曲が多い。
いつまでも悔やんでいることを歌うと、それは演歌になっちゃうか(笑)。

Believe」はシングル・ヒットもした曲。作曲は小室哲哉。
渡辺美里って“小室ファミリー”(今では死語)だったんだよね。
まあ、この頃はTMネットワークも彼女が歌ってもおかしくないような
曲が多かったからね。
“袖の長めのシャツに風が泳ぐのが好きさ”こういう言葉を作る
センスが好きで自分も書いてみたりしたが上手くいかなかったな…。
シャララ」はコーラスが賑やかな曲。
“一番速いランナー勝つとは限らないよ”確かに…。
19才の秘かな欲望」はヴォーカリスト渡辺美里の真骨頂と
言って良いほどのパワーを感じる曲。
“来週も十年先もただの tomorrow”に過ぎない。
彼女の彼」は珍しく、切ない女心を歌っている曲。それでも
曲調が明るいのでそれほどしんみりとした印象はない。
“ダッシュボード ならんでいるカセット”
一昔前の歌詞で今の若い子たちにはピンとこないだろうけど(苦笑)。

ぼくでなくっちゃ」はアレンジが不思議な感覚を醸し出していて、
Tokyo Calling」は珍しく環境、社会に対してのアンチテーゼも
含んでいて、広い意味でのメッセージ・ソング。
悲しいね」もシングル・ヒットした。小室哲哉作曲。
マイナーのメロディに乗せて歌う彼女の声が切ないが、
“一番の勇気はいつの日も 自分らしく素直に生きること”
そうありたいですね…。
アルバムラストは「10 years」。1976年頃に歌手になることを決心した
彼女が10年を振り返り書いた曲だとか…。
あれから20年近く経つが、今の彼女が歌うこの曲を再び聴いてみたい。
でもやはり同じスピリッツがあるんだろうね、あの頃と同じように。

“大切なものは何か 今も見つけられないよ”

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Favorit Album Selection9


TOYS IN THE ATTIC(1975) AEROSMITH

Member is:
Steven Tyler(Vocals)
Joe Perry(Vocals Guitar)
Brad Whitford(Guitar)
Joey Cramer(Drums)
Tom Hamilton(Bass)

AEROSMITHは世代を越えて愛されるバンドの一つだ。
70年代に日本で人気のあった、俗に言う“3大バンド”で青春を過ごした
人たちにとってはKISS、QUEENと並んで忘れられない名前であろうと思う。
エンターテイメント性溢れるKISS、華麗かつゴージャスなQUEEN、
そして野性的でエネルギッシュなAEROSMITH…。

私は94年にAEROSMITHのライヴを初体験したが、オープニングで
暗転の時の5人のシルエットが凄くカッコ良くてね…。
曲は「Eat The Rich」で、その後の2時間が短く感じたなぁ。
スティーヴンの鬼気迫るシャウト、ジョーの味わいあるギターの音色など、
至福の時を過ごしたものだった。
今ではドーム級でないと彼らを呼べないほど、大きな存在に
なってしまったが、やはりあの日と同じように武道館に
戻って来てほしいと個人的には思っている。

今日紹介するこのアルバムは彼らの3枚目にあたる。
Done With Mirrors』で彼らの音に初めて触れたので、当然後追いで
聴いたものであるが、初期の中では最高傑作! と私は思っている。
一般的には次の『ROCKS』の方が評価は高いが、このアルバムなくして
今の彼らのステイタスは得られなかったと言ってもいいだろう。

オープニングは疾走感一杯の「Toys In The Attic
そして軽快な「No More No More
ROCKSの「Nobody's Fault」もこの曲がなければ
生まれてなかったと思わせる「Round And Round」、
1936年のカバー曲「Big Ten Inch Record」、今でもライヴの
最後の方で演奏される「Sweet Emotion」、ソフトバンクの
CMでも流れていた「Walk This Way
(RUN D.M.CがカバーしなければAEROSMITH復活はなかった?)
それにしても、この曲は邦題がなぜ“お説教”だったのだろう?
対訳を読むと“俺の手を取って「こうやって踊るのよ」などと
くだくだ始めやがった”とあるが、この一節だけで決めたのか今もって謎。
誰か教えて下さい。
そしてラストに待っているのは「You See Me Crying
もちろん「Dream On」も「Angel」も彼らの代表的なバラードなのは
間違いないのだが、この切なく甘いバラードに酔いしれてほしい。
ロックバンドのバラードはこうやって歌うんだ! 歌う以外ない!
スティーヴンはそう言っているようだ。ヒットした前記2曲に比べ、
少し陰に隠れた感のある曲だがこの曲が持つ意味は深い。

ROCKという音楽が持つエネルギー、ありとあらゆる可能性…。
それを体現させてくれる唯一無二のバンド、AEROSMITHは今も現役だ。

ジョーの言葉で忘れられない言葉がある。
「音楽に対する敬意の気持ちが問題なんだ、俺達の敬意の姿勢を見ろ!」

私も音楽に対して敬意を持って聴いている。そしてAEROSMITHにも…。

TOYS IN THE ATTIC/AEROSMITH

T.№ Title
1 Toys In The Attic(闇夜のヘビイ・ロック)
Uncle Salty(ソルティおじさん)
Adam's Apple(アダムのリンゴ)
Walk This Way(お説教)
Big Ten Inch Record(イカした10インチ・レコード)
Sweet Emotion(やりたい気持ち)
No More No More(戻れない)
Round And Round(虚空に切り離されて)
You See Me Crying(僕を泣かせないで)

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LIVE AIDに魅せられて

1985年7月13日。
ロンドンの「ウェンブリー・スタジアム」とフィラデルフィアの「JFKスタジアム」。
この2カ所のスタジアムで行われた伝説の『ロックの祭典』。

ブームタウン・ラッツの「ボブ・ゲルドフ」を中心に、飢餓に苦しむエチオピアの人々を救おうとチャリティーシングル『ドウ・ゼイ・ノウ・イッツ・クリスマス?』を「バンド・エイド」名義でリリース。これには当時、イギリスで活躍していた多くのミュージシャンが参加し、世界的大反響を起こした。

こういうものが世の中で持てはやされ、黙っていられないのがアメリカ人。

今度はアメリカで『ウィ・アー・ザ・ワールド』が「USA for AFRICA」名義でリリース。
こちらも当時、全米ヒットチャートを賑わせていたアーティスト46人が参加し大反響。

この二つの曲の持つ意味は大きく、やがて大イベントへと発展する。
それが今回ご紹介する『LIVE AID』だ。

Live_aid

全世界で15億人もがテレビ中継を見たというこのコンサートは
ロンドンのウェンブリー・アリーナで開幕。
さらに、フィラデルフィアのJFKスタジアムでもスタートした。

両会場は衛生中継でリンクされ、英国側と米国側でやりとりをしながらステージは進行。
両会場ともにジャンルを超えたトップ・スターたちが勢揃いし熱いパフォーマンスが繰りひろげられた。この公演を通じ、壊滅的な飢饉で苦しむアフリカに1億4000万ドル以上の基金が届けられた。

約8時間・100曲に及ぶ両会場でのパフォーマンス映像。
感動に身震いする事、間違いなし!
特に、今は亡き『クイーン』「フレディ・マーキュリー」は涙ぐまずにいられない・・・

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80'Sを語り尽くそう−VOL.3−

ブリティッシュインべ−ジョンというテーマからは少し外れるかも
知れないが、もう一つのテーマ“80'S”という意味では
合っていると思うので、今日はこのミュージシャンを紹介したい。

Bryan Adams(ブライアン・アダムス)

カナダ出身のこのミュージシャンも、まさしく“80'S”を語る上では
私自身にはとても大事なミュージシャンだ。

彼が全盛期だったのは‘84〜87年頃だったと思うが、
あの頃の「好きなミュージシャン」のアンケートでは常に上位だった。
Tシャツ、ブルージーンズ、端正な顔立ち、少々ハスキーボイス…
“ロッカー”という言葉がぴったりハマる存在であり、
硬質なロック・サウンドに魅了させられた。

彼の代表的作品はもちろん『RECKLESS』。
全米トップ1になった「HEAVEN」、メロディーが美しい「RUN TO YOU」、
Tina Turnerとのデュエットが鬼気迫る「IT'S ONLY LOVE」、
そして「これがブライアン・アダムスだ!」と言えるのはこの曲。
名曲「SOMEBODY」。ギター・リフがとても印象的で、
覚えやすいメロディー、サビの部分の“I Need Somebody”では
一緒に拳を振り上げたくなるのだ。これぞ本領発揮! といったところか。
発表から20年以上も経っているが、今のトップ40よりも
良質な曲がこのアルバムには収められているよ。ぜひとも一聴を勧める。

おっと、大事な曲を忘れるところだった。
91年発表の『WAKING UP THE NEIGHBOURS』からの
(EVERYTHING I DO)I DO IT FOR YOU
映画『ロビン・フッド』のテーマ曲にもなったこの曲。
実は映画の内容よりも、この曲の美しさの方が、印象に残っていて、
映画はどんなストーリーだったかは覚えていない。
映画に強いまさき様、お願いしますm(_ _)m。

この曲や「HEAVEN」のイメージで彼は、“バラード・シンガー”と
呼ばれている向きもあるが、私は声を大にして言う。
ブライアン・アダムスは“ロックンローラー”だと。

どうでもいいことですが、前回のまさき様のカルチャー・クラブの
コラムで一言申し上げたい。カルチャー・クラブ…日本語直訳では

“文化部”


この一言があれば私は大笑いできたのに。

…ホントどうでもいいことですね(苦笑)。

まさき様の引き出しには、一杯あの頃の音楽が詰まってると思います。
私の次はもう決まってますよ! 多分まさき様とはかぶらないと
予想してますので、第4弾が今から楽しみです(ワクワク)。

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80'Sを語り尽くそう-VOL.2-

かなりご無沙汰なアップとなってしまいました。
この企画はテンポ良く行きたいと思っていたのに・・・サボり過ぎじゃのう。
年も変わったことですし、心を入れ替え精進していきますのでよろしくですm(_ _)m

さてさて。
健吾さんの紹介したシリーズ第1弾は、なんとデュランデュラン。
ある意味第2次ブリティッシュインベージョンの申し子であるバンドだ。
まさに80年代の代表格と言える彼らに続くのは・・・。

 <<< カルチャークラブ(Culture Club) >>>

1981年イギリス、ロンドンで結成したバンド。
中心人物はオカマ・・・。じゃなくて奇抜な女装(ゲイファッションというらしい)には似つかわしくない、ソウルフルな歌声で世間を魅了したボーイ・ジョージ。
当時はビジュアル系っぽいイメージもあったが、その音楽性は非常に高いものがあった。

ここで一応、メンバー紹介をしておこう。

 ・ボーイ・ジョージ(Boy George):ボーカル
 ・ジョン・モス(Jon Moss):ドラム、リーダー
 ・ロイ・ヘイ(Roy Hay):ギター
 ・マイキー・クレッグ(Mikey Craig):ベース

Colour_by_numbers1983 セカンドアルバム『カラー・バイ・ナンバーズ(Colour By Numbers)』が全世界で1000万枚を売るセールスを記録すると、一躍スターダムにのし上がった。
シングルは『ポイズン・マインド』『カーマは気まぐれ』『イッツ・ア・ミラクル』など、次々とヒットを飛ばした。
また『戦争のうた』では「戦争反対~♪」と日本語で唱い、PVでも日本的な描写を取り入れるなど、日本びいきなバンドでもある。

Kissing_to_be_clever1982そんな中、僕のお気に入りは『君は完璧さ(Do You Really Want To Hunt Me)』。
独特のテンポとムードに、当時は魅了されたものだ。
収録アルバムは『Kissing To Be Clever』。
この記事を読んで興味を持った方は、聴いてみてくだされ。

バンドはボーイ・ジョージの度重なる覚醒剤問題で活動停止、ソロ活動へと転身していく。

今でも、その音楽性は古さを感じない。
むしろ、若者が聴けば新しく聞こえるかも知れない。
間違いなく、名曲を作ったバンドの1つであった。

さぁ、お次は健吾さん。
何を繰り出してくるのか楽しみにしてまっせ!

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Favorit Album Selection8


SHAVED FISH(1975) LENNON PLASTIC ONO BAND

毎年12月24日に聴くアルバム。
それが今回紹介する『SHAVED FISH』だ。
誰にとってもクリスマス・イヴは特別なもの、そして聖なる夜…。
決して私はクリスチャンではないし、別に普段から
宗教に何かを委ねているわけではないが、
子供の頃からクリスマスは楽しみにしていた行事の一つであった。
(単に翌日から冬休みになるから? というのもあるけど…)

さて、ジョン・レノンに関しては、私はそれほど
思い入れがある訳ではない。
彼が凶弾に倒れ、その生涯を終えた1980年12月8日。
そのニュースも何となく覚えているに過ぎない。
「何か偉大な人が殺されちゃったんだ…。ふ〜ん、でもさ〜、お母さん、
今日のご飯は何?」…そんな子供だったのである。

その後、成長していき、音楽も趣味になり(大原雅貴氏の影響が大きい)、
THE BEATLESも聴いてジョン・レノンのことも思い出した。
ただ、やはりTHE BEATLESの曲でも好きなのはポール・マッカートニー
や後期のジョージ・ハリスン(日本にエリック・クラプトンと一緒に
来た時に東京ドームで観た、“Something”には感動した)の作った
曲で、ジョンの曲はそれほど好きではなかった。
(もちろん“Across the Universe”は今も大好きだけど)

このアルバムは実質上彼の遺作となる『DOUBLE FANTASY』の5年前、
ショーン・オノ・レノンの育児のため“主夫”となったジョンが
ソロ活動から代表的な作品を選んだベストアルバムだが、オープニングの
Give Peace A Chance」「Imagine」「Power To The People
など「平和」「反戦」など、メッセージ性を持つ曲が多い。
そして「Happy Xmas(War Is Over)」…。

彼は天国で今何を思っているのだろう。
彼は一体音楽を通じて何を僕らに伝えたかったのだろう。

「歌で時代は変わらない、でも人の心は変えることはできるんだ」

そうは言っても今日もどこかで繰り返される戦争、
そして飢餓に苦しむ子供たち…。いつの日か

想像してごらん 国境なんてないんだと……
想像してごらん すべての人々が 平和な暮らしを送っていると……

そんな時がやって来ると信じて、今宵は彼の歌声に酔いしれている。

皆さんにも素敵な夜でありますように、MERRY CHRISTMAS!

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エイティーズを語り尽くそう—VOL.1—

80年代の音楽を語る上で、自分自身が外すことのできないアーティスト。
HARD ROCKというカテゴリー以外なら、このバンドがまず頭に浮かんだ。

Duran Duran

このバンドがデビューした頃は、それほど洋楽には興味も示さない
子供だったが、クラスの女の子たちが“たのきん”と一緒に下敷きに
彼らの写真の切り抜きを挟んでいたのを覚えている。
そう、間違いなく彼らDuran Duranはロック・バンドである前に
「明星」や「平凡」にも常に登場する“ピンナップ・スター”だったのだ。
何といってもメンバー全員美形で、化粧もしてたし。
私より少し上の世代なら、QWEEN、BAY CITY ROLLERS…とかと同じ
ような扱いだったのかなとも思う。
当時はディスコ・ミュージック(この言葉は今あるのかな?)っぽい曲調に
少々ロックのテイストがあるのかな…という印象だった。

今回、このコラムを書くにあたって、改めて彼らの曲を聴いたのだが
正に大原雅貴氏の言うように“80年代”の音楽では不可欠な
サウンドが彼らの音楽にはある。そして音楽と映像とのコラボレーション、
これを最初に私に魅せてくれたのも彼らだった。

いきなり“Please Please Tell Me Now“というインパクト抜群の
コーラスで幕をあける、軽やかなシンセ・サウンドの
「Is There Something I Should Know?」
彼らの最大のヒット曲の「The Reflex」、映画「007」シリーズの中で
唯一全米1位となった「A View To A Kill」、思わず踊りだしたくなる
「Hungry Like The Wolf」、エスニックかつ幻想的な「Save A Prayer」
など音楽的にも、今聴いても当時から“洗練され、先を見越していた”
のを感じることができる。

80年代が過ぎ、90年代に入ったら彼らを思い出すこともなかったが、
この曲だけは別だ。最初に聴いた時は驚いた。
「これがDuran Duranなの?」紆余曲折を繰り返した一つの頂点。
人間的に成熟味、成長を感じさせた「Ordinary World」
ここで聴かれる音は、もう“ピンナップ・スター”ではない
“ミュージシャン”のDuran Duranがある。

以上、現場から鷹澤健吾がお伝えしました。
それではスタジオの大原さんにお返しします、どうぞ!

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エイティーズを語り尽くそう~プロローグ~

80年代の音楽が見直されている。
僕が感受性の高かったころ、慣れ親しんだ曲の数々。
今聴いても懐かしさと共に新鮮だ。

この時期、音楽シーンは変わった。
我が日本の誇るユニット「イエロー・マジック・オーケストラ」が、アメリカ・イギリスで爆発的な人気を得たのが70年代後期。
その音楽スタイルが海を渡り熟成し、フュージョン的だった曲調はポップでノリノリな曲に生まれ変わった。
この熱は特にイギリスで広がり、瞬く間に全世界へと広がった。
後に第二次ブリティッシュインベージョンと呼ばれるこの波は、80年代の幕開けと共に世界のミュージックシーンに浸透していった。

コンピュータを駆使したその音楽は「テクノポップ」と呼ばれ、当時のミュージシャンでその技法を使わないものは皆無と言えるほどに広まった。

そしてビデオクリップの登場。
それまでの音楽シーンでは、主にラジオで曲を流し曲のイメージは個人の想像やレコードのジャケットの中で見るしかなかった。
ところが、ビデオクリップの登場で作り手の意図が分かるようになった。
初めのうちは、カメラの前で唱うミュージシャンが映し出されているだけのものも多かったが、少しずつ作品と呼べるほどのクオリティを目指すようになった。
これぞまさしく音楽と映像のコラボレーション。

こうして、80年代の音楽シーンは熟成していったのだ。

世の音楽シーンを語るうえで、エルビスやビートルズのようにスーパースターがいた訳ではなかったが、曲のアレンジ技術が飛躍的に伸びた時代。
そして宣伝方法と販売メディアの変わった時代。
この時代のミュージシャンは『これこそはミスター80年代』と言えるものが存在しない。
逆にどのアーティストも、その候補のひとりであったと思う。

そんな訳で、当ブログでも多種多様の『ミスター80年代』に、毎回スポットライトを当てていきます。手始めは・・・。

僕からの紹介は後ほどとして、記念すべき第1回を飾るミュージシャンは、健吾さんよろしくね!

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Favorit Album Selection7


OFF COURSE Singles(1998) オフコース

Member is:
小田和正(Vocals Guitar Keyboards)
鈴木康博(Vocals Guitar)
松尾一彦(Guitar)
清水仁(Bass)
大間ジロー(Drums)

僕が初めて自分のお小遣いで買ったレコード…。
それがこのバンドのシングル「さよなら」。
当時ヒットしていた、ニューミュージックの中でも
クリスタルキングの「大都会」、久保田早紀の「異邦人」と
どれにしようかと迷いながら買ったのを今でも覚えている。
「さよなら」は今聴いてもとても繊細で、切ないメロディーだ。

あの頃「オフコースが好き」なんて言う男は、軟弱な男のイメージだった。
だから、あんまり友達にも言えなかった。
どちらかというとオフコースのファンの女の子たちって
自分よりも凄く大人の雰囲気を持つ、つつましい女性が多かったと思う。
喫茶店で静かに読書に耽る女性…。
まあ、僕はそんな女性と知り合うことはなかったけど(^-^;。

オフコースの曲は名曲の「秋の気配」を取り上げるまでもなく、
聴くのは晩秋から冬に変わる…そんな時に聴くのが一番良いと思う。
ちょうど今の季節だ。
もちろん夏をテーマにした曲もあるけど、絶対秋から冬なのである。
そして、ほとんど男と女のラブソングだけど、
オフコースの世界の中での、自称代名詞(?)は
男が“僕”で女は“私”でなければいけない! 間違っても
“車でハイウェイをぶっ飛ばし、朝まで抱き合ったぜ、ベイベェ”とか
女の子は自分を“アタイ”なんて呼んだりしない。

彼らの全盛期の頃は同じようにテレビで歌うことを
拒否したバンドが 多くてね。
彼らのように、チューリップ、中島みゆき、松山千春…など、
「ザ・ベストテン」の番組関係者はさぞかし困ったんだろうね。
ある意味拒否するのが一つのステータスだったのかも。
その後、小田和正が競馬場で歌ってるのを観て
「ずいぶん時代も変わったんだなぁ、小田さんも動くんだ…」
(ってあたりまえだっつーの)それでもあの頃と変わらない声で安心した。

僕はそれほどオフコースの曲を頻繁に聴くわけではないし、
あの頃に好きだったファンの女性たちに比べれば、
まだまだ足下にも及ばない。
だけど間違いなく青春の1ページに彼らの音楽はある。
そして、今もホッとする。癒されるっていうか…。
彼らの曲が色褪せることはない、絶対に。

最後に今回このコラムを書くにあたって新たな発見をした。
オフコースにはラブソングだけでなく、メッセージソングもあるんだ!
その感じ方は人それぞれだけど、僕はこの曲は
当時から、“今”を生きる人たちに向けてのメッセージなんだ! と思う。


愛を止めないで

「やさしくしないで」君はあれから
新しい別れを恐れている

ぼくが君の心の扉を叩いてる
君の心がそっとそっと揺れ始めてる

愛を止めないで! そこから逃げないで!
甘い夜はひとりでいないで……

君の人生がふたつに分れてる
そのひとつがまっすぐにぼくの方へ

なだらかな明日への坂道を駆け登って
いきなり君を抱きしめよう

愛を止めないで! そこから逃げないで!
「眠れぬ夜」はいらない もういらない

愛を止めないで! そこから逃げないで!
すなおに涙も流せばいいから
ここへおいで! くじけた夢を
すべてその手に抱えたままで
 

ぼくの人生がふたつに分れてる
そのひとつがまっすぐに……

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Favorit Album Selection6

BURN(1974) DEEP PURPLE

Member is:
Ritchie Blackmore(Lead Guitar)
David Coverdale(Vocals)
Glenn Hughes(Bass Guitar/ Vocals)
Jon Lord(Keyboards)
Ian Paice(Drums)

DEEP PURPLE(以下DP)の曲は、今でも意外と
いろいろなところで耳に入ってくる。
コーヒーのCMで
「Black Night」が使われてるし、
「Smoke On The Water」「Highway Star」などは
“ロック・クラシック”として、多数のバンドがカバーしている。
その昔、「Highway Star」を「高速道路の星」と日本語直訳で
歌ってるのを聴いた時は笑わせてもらったが。
他にも
「Speed King」「Child In Time」「Fireball」「Space Truckin'」
など、私もお気に入りの曲を多く持っているバンドだ。

今挙げた曲は、一般的にはDPの“黄金期”と称される「第2期」の
メンバーによってもたらされた。
ヴォーカルがイアン・ギランで、ベースがロジャー・グローヴァーであり、
今回紹介する
『BURN』は彼ら2人が脱退した後の「第3期」の
最初の作品にあたる。
確かにヒット曲という意味では、「第2期」の作品の方が多いし、
実際に1984年に再結成された時のメンバーはこの「第2期」だった。
(その後はいろいろと脱退・加入・出戻り…を繰り返したので、
リッチー・ブラックモアが脱退したところまでしか覚えてない。
今もDEEP PURPLEはあるんでしょうか?)

さて、このアルバムは印象的なギター・リフのタイトル・チューンの
「BURN」で幕を開ける。
(CSのオートレース・ダイジェストのオープニングに使われている)
パワフルかつソウルフルなデイヴィッド・カヴァーディルの
ヴォーカルにグレン・ヒューズのコーラスが重なり、
疾走感溢れるリッチーの“速弾き”など、構成力も見事。
ロックン・ロールのお手本と言っても良いくらいの曲である。

アルバム全体的には、「第2期」の作品と比べても
それほど違和感なく聴けると思う。
ただ、ヴォーカルがデイヴィッドとグレンなので少しR&Bの香りも
するのが、イアンとの違いだろうか。

「Might Just Take Your Life」「Lay Down, Stay Down」など
デイヴィッドとグレンのヴォーカルの掛け合いというか、
バトルも聴きモノである。
それまで主導権を握っていたリッチーだったが、このアルバムでは
新加入した2人に比べると“喰われている”と感じるのは私だけだろうか。
ただ、DPの音楽性の幅が広がったのは事実だ。

「Mistreated」は、イアンでは絶対歌えない曲だと思っている。
この曲は、リッチー言うところの「ギターのための曲」であり、
デイヴィッドは「ヴォーカル曲に決まってるだろ!」なんだそうである。
…んなこたぁ、どっちでもいいよ、良い曲さえ提供してくれたら。
今となってはこのロック界の御大2人が、同じバンドにいたというのが、
(結局この第3期DEEP PURPLEは次の
『Stormbringer』を出して終了。
リッチーは脱退、RAINBOWを結成)ある意味では奇跡である。

あらゆるバンドのファミリー・ツリーを辿っていくと、
ルーツに近い位置にいるバンド、それがDEEP PURPLEだ。
そして、そのバンドの最高傑作は私にとってはこの『BURN』なのである。

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Favorit Album Selection5

WILSON PHILLIPS(1990) WILSON PHILLIPS

Member is:
Carnie Wilson
Wendy Wilson
Chynna Phillips

このグループの曲を聴くたびに思い出すのは、当時の自分の
置かれていた境遇だ。
その頃私は、今も続いている仕事を始めたばかりで、
正に右も左も分からない状態だった。
そんな時に職場でラジオから(J-WAVE)よく頻繁に流れていたのは
彼女たちの「You're In Love」だった。
綺麗なメロディーライン、コーラス、切ないヴォーカル…
毎日のように聴いているうちに
「この曲を歌っている女の子たちは何者なんだろ?」と気になっていった。

元々コーラスやハーモニーが綺麗なグループというのは好きだった
土壌はあるから、彼女たちの曲も単に「TOP40に入る曲」以上に
気に入ったんだと思うけど、自分のその頃の感覚にもマッチしたのかな…
今思うと、そんな気がする。

始まったばかりの自分の仕事、あらゆる夢、希望、恋、挫折…
輝く未来は無限に広がっていると信じていたあの頃。
自分自身も若かったから、何でもできると星空を見上げていたっけ…
いや、もちろん今もそれは思い続けているけど。
だから私は生きているのだ。

WILSON PHILLIPSに関してはプロモーションビデオを
観たこともなければ、ライヴに行ったこともない。
文字どおり“音を楽しんでいる”というだけだ。
何しろ前述した「You're In Love」でさえ、
3人のうち、誰がメインヴォーカルなのか分からん(笑)。

ちなみにWILSON PHILLIPSとは、THE BEACH BOYSの
ブライアン・ウィルソンとTHE  MAMAS & THE PAPASのジョンと
ミッシェル・フィリップスの娘たちで結成されたグループだ。
私はTHE BEACH BOYSもTHE MAMAS & THE PAPASも知らないので、
後はインターネットで調べてください(少し無責任ですが)。

このアルバムからは「Hold On」「Release Me」「You're In Love」が
それぞれビルボード誌で第1位に輝いている。

「You're In Love」という曲は、
“あなたのことはまだ好きで、忘れられないけど、
あなたはもう私じゃない違う誰かに恋してる、
それでいいのよ、あなたはその恋を成就させるべきなのよ“
というような
内容の歌なんだが、こんな心の広い女性がいたらお目にかかって
言われたいもんである(^^ゞ。

まあそれでも、曲のラストでは
“I Was Praying That Fate Would Bring You Back To Me
Someday, Someday, Someday...”
“運命があなたを連れ戻してくれるようにお祈りしてたの いつの日か…”

と歌っているのだから、ここはやはり切ない恋心が伺えますね。
自分にも、切ない恋心は今でも一杯あります。

僕が職場から流れる「You Won't See Me Cry
(2nd Album『shadows and light』の収録曲)を口笛で吹くと、
「鷹澤さん、口笛音痴だよね〜」と笑っていたTちゃん、
今も元気だろうか…。

WILSON PHILLIPSが2nd Album発表後、どうなったのかは知らない。
それでも私は、このWILSON PHILLIPSの曲を聴くたびに
あの頃に戻って行く。
そして思う。“The Dream Is Still Alive(夢はまだ生きている)”と。

…って内容がAlbum自体のレビューじゃなくて、
自分の思い出話に終始なっちゃったので、全収録曲を載せておきます。
癒されたい時にどうぞ。

WILSON PHILLIPS』収録曲
Hold On
Release Me
Impulsive
Next To You (Someday I'll Be)
You're In Love
Over And Over
A Reason To Believe
Ooh, You're Gold
Eyes Like Twins
The Dream Is Still Alive

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Favorit Album Selection4

HERE WE ARE(1988)PRINCESS PRINCESS

Member is:
今野登茂子(Keyboards & Vocal)
中山加奈子(Guitar & Vocal)
奥居香(Vocal & Guitar)
富田京子(Drums & Vocal)
渡辺敦子(Bass & Vocal)

早いものでPRINCESS PRINCESS(以下PP)が解散して
10年の月日が流れた。
彼女達が全盛時の頃には女の子だけのバンドも
次々とデビューしていたような印象がある。
しかし、PPのような成功を収めたバンドは皆無といってもいい。

私がPPの音楽に触れたのは、同じ学校のK君に
渋谷公会堂のライヴに誘われたのがきっかけだ。
PRINCESS PRINCESSという名前もその時は知らなくて、
チケット代もおごってくれると言うので
「じゃ、どんなもんか観てみるか」みたいな感じで会場に向かった。
このアルバムも直前にカセットテープで数回聴いただけだったが…。
オープニングの暗転の時、中央に位置する奥居香の
右手を高く突き上げたシルエットを今でも覚えている。
19 GROWING UP -ode to my buddy-」でライヴは始まった。
ライヴを観た印象では、「ポップで覚えやすいメロディーの
曲もあるけど、売れるとなるとどうかな」なんて思っていた。
その後、1stアルバムの『TELEPORTATION』と合わせて聴いて
いくうちに、段々お気に入りになっていった。
通学の行き帰りの電車の中で、ウォークマンでいつも聴いていたなぁ…。

1stアルバムは「アイドルなの? バンドなの?」という
PPの位置付けがまだ中途半端のような印象を受けるが、
この2ndアルバムの『HERE WE ARE』では荒削りながら、
「私達の進むべき道はこれだ!」という確固たる意志が感じられる。
だからこそアルバム・タイトルが“HERE WE ARE”なのだろう。
全曲メンバーの作詞・作曲によるこのアルバムは
WONDER CASTLE」や「冗談じゃない」のような
パーティ・ソングもあるし、メロディーの覚えやすい
MY WILL」、ロック調の「GO AWAY BOY
名バラードの「KEEP ON LOVIN' YOU」「SHE」…など名盤だと思う。
PPの曲で、今でも頻繁に耳に入ってくるのは、
後の「DIAMONDS <ダイアモンド>」やこのアルバム以前の
世界でいちばん熱い夏」だろうが、
「19 GROWING UP -ode to my buddy-」は名曲だよ!
でも、彼女達の残した曲の中で、私の一番のお気に入りの曲は
91年の「
SEVEN YEARS AFTER」(作詞:富田京子 作曲:奥居香)だ。

“今 恋をしてるし幸せだけれど あんなに傷つけあう恋はもうできない”

…なかなか言えない台詞である。この曲をもっと高く評価してほしいと
個人的には思っているが。

前述した渋谷公会堂のライヴは、メンバーによると
一つのターニング・ポイントや目標だったという話を聞いたことがある。
おそらく、本人達も周りのスタッフも「そろそろ来そうだね」という
手応えがあったのだろう。この後の彼女達の活躍は、
私が語るまでもなくずっと“PRINCESS”であ